426号 発進塔:枝頭の春

掲載日:2018年01月01日

明けましておめでとうございます。
皆さんはどんな夢を抱いて新年を迎えましたか。

寒さが厳しくなる季節ですが、暦の上ではすでに春を迎えました。このような状景を、中国宋時代の戴益という詩人は
  終日春を尋ねて春を看ず
  藜を杖にして踏破する幾重の雲
  帰り来たりて試みに梅梢を把りて看れば
  春は枝頭に在って己に十分
と春の到来を詠んでいます。「藜」とは畑地に自生する一年草で茎が太く丈夫であることから乾燥させて杖として用いられていたものです。また「十分」は読んで字の通りながら、この場合、蕾が膨らんでまさに開こうとしているさまになります。

簡単に訳してみますと、一日中春の印を探して歩き廻ってみたが、その気配を感じることはできず、杖を頼りに野山を奥深く探してみても、見つからなかった。疲れはてて私が家に帰り着き、ふと庭先の梅の枝を手にしてみると、春は梅の小枝に張りついた蕾となって、そこにあったのだ、といった意味あいになります。

春を求めてさ迷い歩いたけれども、実は遠方にではなく、ごく身近なところにそれがあったという驚きを表現したものです。またこの詩はさ迷い歩いた道のりを無駄なものとしないで、むしろ寒さや苦しみを経験したからこそ、春の光を知り、努力したからこその喜びに気付いたとしているのです。なお一方では、何事も遠くに求めるのではなく、自分の身近かなものをじっくり見つめ直してみなさい、と言っているようにも感じられます。
この詩は、以前、永平寺の福山貫主が弾の友という小冊子の中で取り上げておられました。

年末までに、あちらこちらから戴いた暦を前にして、さてどれを使うかと思案している人があるかも知れません。暦は一年間の月、日、曜日や祝祭日、六曜星の吉凶、主要な行事を記載しただけでなく、二十四節季、雑節を加えたもの、更には日の出、日の入りや潮の干満まで記したものまで様々あります。なお暦は太陽を基にした「太陽暦」・太陰(月)を基にした「太陰暦」そして太陽と月の両方を基にした「太陰太陽暦」の三つに大別されます。

私達が今、使用しているのは太陽暦で地球が太陽の周囲を1公転する時間を1年とするものです。誤差を省く意味で閏年をおき、100年ごとにそれを調整するといった方法で、明治五年から採用されています。一方太陰暦は1ヶ月を29日あるいは30日としたもので、今日ではイスラム暦で使われています。なお太陰太陽暦は両方を折衷したようなもので、両者の調整のため、19年に7度の閏年を設けて平均させています。中国暦や日本の旧暦がそれに当ります。

くどくどと述べましたが、暦の話をするのが本意ではありません。古い時代の書物や詩歌などを読むとき、季節や月日に関するものは旧暦に置き換える必要があると言いたかったのです。

豊かさ

打ち上げから3年になる「はやぶさ2号」は今、秒速24キロで地球と火星の間にある小惑星[Ryugu]を目指して飛行しています。本年半ば頃には到着し、岩石を採取して2020年暮れまでにそれを地球に送り返すといいます。なお本体はそのまま火星に向かい、多くの角度から様々な映像を撮影して地球に送信し、最後は燃え尽きるそうです。ロマンのある話です。考えてみると私達が関わっている医学もそうですが、この半世紀であらゆる科学技術は想像を超えて発展し生活を快適にしました。しかしふと考えます。私達の心は豊かになっているのかと。

一貫グループ会長
永野 義孝

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