423号 発進塔:信なくば立たず

掲載日:2017年07月20日

「『信頼』を回復する為に、誠意をもって説明責任を果たします」とか、「『無いもの』を証明するのは至難の業である」とかいう言葉を最近よく耳にする。

その二つについて少し述べてみる。まず信頼についてであるが、2000年の発信塔で書いているので繰り返しにはなる。紀元前の話である。孔子の高弟(曾子)があるとき、「国を治めるのに大切なものは何ですか」と尋ねた。孔子は「それは軍備と食糧、そして信頼である」と答えたという。今日でも同様で、強いて挙げるなら環境問題が加わった程度であろうか。

ところで「三つを維持できなくなったら、どれを捨てたらいいですか」と質問を続けると、孔子は「軍備を捨てなさい」と答えたという。これには大方が賛同するであろう。曾子が重ねて、「どうしても、食糧か信頼の一方を捨てざるをえないときは、どちらを捨てますか」と聞いた。孔子は躊躇なく、「食糧を捨てなさい」と言ったという。このときに言う食糧とは、生きる為に必要な最低限の食べ物を指しており、食糧を捨てなさいとは、命を捨てなさい、という意味あいである。

「信なくば立たず」と政治と道徳の結合を説いているのであり、信頼というのは、社会存立の基礎であり、これを無しには崩壊する他ないと言っているのである。これは国家だけではなく、あらゆる組織にもいえる事であろう。次ぎに「無いものの証明」について考える。

今巷では「無いものの証明」が話題になっている。

この証明は多分に観念的なものである。だからこそ単純に答えを導き出さなければならない。例えば重箱に蓋をして「この中には何にも入っていません」と誰かが言ったとしよう。言った人を回りの者が信用していたら、何も無いと考えるであろうし、言った人に信用がおけないと、回りの者は疑いを持つであろう。それをはっきりさせるには重箱を渡して開けてしまえばいい。

心に響く言葉

私に敵はいない。憎しみもない。私を監視し、逮捕し、尋問してきた警察・起訴した検察官・判決を下した裁判官はすべて私の敵ではない。監視や逮捕・そして判決は決して受け入れないが、当局を代表して私を起訴した、あなた達の職業と人格を私は尊敬する…。

これはつい先日、獄中死した中国の人権活動家で「〇八憲章」の起草により、国家反逆罪に問われて逮捕された劉暁波氏の裁判における陳述の一部である。

彼は民主化を求めて幾度も逮捕され、天安門事件では民主化の象徴的存在であった。しかし彼は常に非暴力を訴え続けた人物でもあったことを付け加えておく。さらに劉氏は「中国で綿々と続いてきた文字の獄の最後の被害者に私がなることを、そして表現の自由は人権の基礎で、人間性の根源であり、真理の母である。言論の自由を封殺するのは、人権を踏みにじり、人間性を窒息させ、真理を抑圧することになる…。」とも述べていた。劉暁波氏のご冥福をお祈りすると共に、ご遺族にお悔みを申し上げる次第である。

私達が住んでいるこの国も最近、戦前の「治安維持法」が存在していた時代に後戻りしそうな雲行きを感じているが、思い過ごしであろうか。

一貫グループ会長
永野 義孝

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